安田謙一 YASUDA kenichi

■ロック漫筆家。 62年生まれの神戸市在住。
■著作に、あの惹句王に惹句をいただいた「ピントがボケる音」(国書刊行会)、市川誠との共著「すべてのレコジャケはバナナにあこがれる」(太田出版)がある。3冊目はかなかななかなか、なかなか出ない。ワーキング・プア、でも、ウォーキング・トール、である。

 中学にあがるときに両親が離婚して、僕は母親についていった。
 それからも何度か父親と逢っていたが、20年ほど前を最後に、顔をあわすことがなくなった。
 昨年、映画「歌謡曲だよ、人生は」のキャンペーンの一環として、同映画に出演している宮史郎のインストア・イベントが大阪の大型レコード店で行われた。そこで僕は司会、進行役を務めた。その会場に、偶然、観客として父親が顔を出したのだ。
 イベントが終わった控え室で、宮史郎のマネージャーが「安田さん、お父さんの名前、なんていうの?」と興奮気味に聞いてきた。…それから、劇的な再会、ということになるのだが、傑作なのは、イベントの途中で、司会者(息子)と観客(父親)は、そうとは気づかずに、宮史郎への質疑応答という形で会話を交わしていたのだ。こんな落語か、小噺があったような気もする。
 それ以来、何度か、彼の誘いで甲子園球場に阪神タイガースのナイターを見に行った。おたがい顔を見合わせることなく、ビール片手にグラウンドを見ながらの会話は気が楽だ。思いがけなく話も弾む。
 再会のあとで、数年前に僕が出した単行本も、調べて買ってくれていた。4回、読んだ、と言っていた。
 中で珍しく、父親が登場する箇所がある。「はじめて買ったレコード」に関する原稿で、彼が60年代の終わりに会社の出張で渡米した際に土産として買ってきた、ナンシー・シナトラ&リー・ヘイズルウッドの「ジャクソン」のシングル盤を僕が好んで聴いていた、という話だ。
 それに反応して、彼はぼそっと、こんな話をしてくれた。
 「そのとき、シナトラの娘とデュエットしたよ」
 なんでも、日本人を中心とした製鉄会社の大きなコンベンションにナンシー・シナトラがゲストで出演したそう。「スキヤキ」を歌う際に、「どなたか、この歌をご存知な方はいらっしゃいますか」というMCに、ほいほい(イメージ)とステージに上がった、という話だ。ほんまかいな、と思ったが、こういう嘘をつく人ではないと思う。思いたい。いや、どっちでもいい。
 ただ、なんとなく、驚くのはシャクだったので、へぇー、っと受け流したまま、現在に至る。
 こんなアバウトで、ファジーで、オブスキュアな話、誰にしたらいいんだろう、と思っていた。そんなとき、小西康陽さんから「レコード手帖」へ原稿依頼のメールが届いた。

ナンシー&昇/安田謙一(2008年7月18日)