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僕は比較的大手のレコード会社と業務提携して、そこで日々の作業をしているのだが、毎日のように感じることは「音声記録メディア時代の終焉」ということ。
発した音を物質に記録し、聞き手にその吹き込んだ音声のまま伝える、その技術ができておよそ150年。それは近年まで蝋管、シェラック、ヴァイナル、カセット、そしてCDなどへ形を変えながらも物質に記録すると言うスタイルは変わらなかったが、21世紀を迎えて遂に「データ」という目に見えぬもののまま聞き手に届けるという方法へ変貌しようとしている。
レコードやCDを探して買い、聴くことに対して何よりも喜びを感じる僕個人の気持ちとしてはとても寂しいこと。でもかたや音楽産業の現場を仕事としている自分としては当たり前のことだろう、止められるわけがないという気持ち。その両方を日々感じて音楽に接している。
この音楽配信の流れは止められない。それは様々な理由があるけれど、一番大きなものはリスナーにとっても送り出す側にとっても楽だ、ということ。確実に人は楽なものに流れる。かつてレコードがわずかな時間でCDに移行したように。
Mp3などの圧縮データで送られてくる音の貧弱さを嘆く人も多いだろう、でもそれは現時点の話のみ。きっと、極めて近い将来にはCDより高音質、という大容量データで音声が届けられるようになる。
なにもこの「レコード手帖。」に書くのもいかがかと思うが、それが事実。
ただ、じゃあ記録メディアが今後一切なくなるか、と問われればNO。それはヴァイナルがそうだったでしょう?かつて「最後のレコード?」とか帯に書かれたヴァイナルが販売されたことがあったが、その後もヴァイナルはリリースされたし、現在も国内外でプレスされ、販売され続けている。
「音声記録メディアが主流の時代の終焉」であり、「音声記録メディアそのものの終焉」ではない、ということ。ちょっとややこしい書き方だけど。
ヴァイナルは売れる見込みのあるものがプレスされている。このシンプルな事実が極めて重要。売れるものはきっと生産され続ける。そりゃそうだ、それがお金になるんだから。
きれいごとを言っても仕方ない。レコード会社は会社なのだ。文化事業じゃない。持てる原盤を使用し、販売して運営をする会社。会社はリスクを極力回避する。そう、もう音盤をプレスすることがリスクになりつつあるのだ。
そのリスクをリスクと思わせない方法、それは現状を嘆くことではなく、必要だというできる限り多くの意思を送り手に伝えることだろう。不確定な声だけではなく、「確実に売れるだろう」と相手に思わせる必要がある。「なんとなく出たら嬉しい、だからヨロシク」程度じゃもうきっと無理。要求する聴き手側もプレスすることのリスクを負う必要があるということ。
ミュージシャンももう音盤をプレスすることを望むなら、一定のリスクを負う覚悟で会社に提案するべきだ。もしくは自分でプレスしてリスクを負うべきだと思う。
近い将来、きっとリリースになる全ての音声記録メディアは送り手だけではなく聴き手の「意思」の元にリリースされることになる。
でもその時代はもしかしたらCDやヴァイナルにとって幸せなことかも、と何となく思う。その全てが誰かに確実に「必要」とされて生まれるのだから。
音楽に関わるあらゆる環境は大きな転換期を迎え、きっとこれから皆さんが驚く出来事がどんどん起こることでしょう。悲しいこともきっとある。ついていけない人も出てくることでしょう。でもこの「意思」さえ持っていればきっとその先へ進んでいけるはず。音楽に関わることは変わっても、音楽そのものが変わることはないのだから。
僕はそう思ってる。
音声記録メディア時代の終焉に思う/フカミマドカ