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毎日、夜のゴールデンタイムに帯で放送されるブラジルのTVノヴェラ(連続TVドラマ)は、国内はもとより、世界中の多くの国で観られています。
このTVノヴェラ、国外ではその国の言語に吹き替えられて放送されているのですが、番組で流れる音楽も、海外への輸出版では主に海外アーティストによる英語の曲に差し替えられています。
そんなわけで、多くのTVノヴェラのサウンドトラック盤には、国内版(ナシオナウ)と、海外向け版(インテルナシオナウ)が存在します。
さて。
ブラジル音楽のレコードを探し始めてからしばらくの間、僕は、TVノヴェラのインテルナシオナウのサントラ盤はスルーしていました。
入っているのはどうせ英語の歌だしブラジル以外のアーティストなんだから、ブラジル音楽探求には関係ないや、と、思っていたのです。
ところがそれが大きな間違いだったことに、やがて気づきました。
きっかけは、前回ご紹介したピート・ダナウェイのように、英語名を名乗って英語の歌を歌う音楽家たちの存在です。
彼らのような音楽家が歌う英語の歌が、結構、TVノヴェラのサントラのインテルナシオナウ盤に収録されていたのです。
1973年に放映されたノヴェラに「カリニョーゾ」、「オ・ベン・アマード」という番組があります。
これらの番組のサントラのオリジナル盤は、前者にはマルコス・ヴァーリ、オズマール・ミリート、マルシオ・モンタホヨスなどが、後者にはトッキーニョ&ヴィニシウス・ヂ・モラエス、マリア・クレウザなどが参加していて、ブラジル音楽のレアグルーヴ的にもお馴染みです。

写真は「カリニョーゾ」のサントラ。黒いほうがインテルナシオナウです。
問題は、そのインテルナシオナウ盤。
「カリニョーゾ」には、マイケル・ジャクソンやエルトン・ジョン、マヌ・ディバンゴにグラディス・ナイト&ピップスといった名が、「オ・ベン・アマード」には、アーチー・ベルやジャーメイン・ジャクソンなどの名が並んでいるのですが、問題はそれ以外の曲です。
どちらにも、ポール・ブライアン、フリー・サウンド・オーケストラなど、英語で歌う英語名のブラジルの音楽家が紛れ込んでいるではありませんか。
導入が長くなりましたが、ここで今回の主役、Paul Bryan ポール・ブライアンの登場です。
Paul Bryan ポール・ブライアンも、英語名を語っているブラジルのシンガー・ソングライター、アレンジャーです。
ブラジルではパウウ・ブリアンと読まれちゃうかもしれません。
本名はSergio Sa セルジオ・サー。
生まつき目が不自由だった彼は、耳でピアノを覚えたそうです。
14歳の頃には教会関係の集会などでピアノや電子オルガンを弾き、ときには歌も歌い、その後もフェスティヴァルなどで活躍していたそうです。
60年代末〜70年代にはジョーヴェン・グアルダと呼ばれる若者向けロック&ポップスシーン(日本で言えばGSのシーンに近いと思います)でソングライターとして活躍しました。
ブラジル音楽界の裏方大物となったセルジオは、80年代にはMPBシーンでも活躍。
ジウベルト・ジウ(ジルベルト・ジル)、チン・マイア、エルメート・パスコアウ、シモーニなどの作品やショウに関わっています。
また、一時、北米にいたときはスティーヴィ・ワンダーとも交流していたそうです。
もちろん今も現役です。
そんなセルジオは、73年、自身もシンガー・ソングライターとして英語で歌ったレコードを発売したいとレコード会社のTOP TAPEに提案しました。
結果的にブルー・ロック・レコードというレーベルでの発売となりましたが、それがこの、「Listen of...」というアルバムです。

見開きジャケットです。
先に紹介したTVノヴェラのサントラ「オ・ベン・アマード」に入っていた「リッスン」、「カリニョーゾ」に入っていた「ウィンドウ」も、このアルバムに収録されています。
セルジオ、当時19歳です。
基本的には、ストリングス・アレンジを配したアコースティックなシンガー・ソングライター作品で、ビートルズ、ギルバート・オサリヴァン、ドノヴァンなどの名が浮かびます。
ブラジル音楽よりは、まずは、英国シンガー・ソングライターが好きな人の方がグっとくると思います。
しかし、そこはやっぱりブラジル作品。
「ウィンドウ」も爽やか系ナンバーながらベースラインはファンキーです。
「ライク・ア・レイニー・ナイト」「フィール・ライク・アイ・フィール」などは、曲調もソウル・ミュージックからの影響が伺えますし、ラテン・パーカッションを多用したり、フルートなんかも入って、爽やかの中に妖しさも見え隠れしています。
後者を聴くと、ソングライティングのみならず歌い方なんかもスティーヴィ・ワンダーからの影響がかなり大きそうです。
ところで、セルジオがソングライターとして関わっていたジョーヴェン・グアルダのシーンでは、日本のGS同様、英語圏のビート・ポップスに憧れるバンドや歌手が大活躍していました。
65年にTVヘコルヂで放映がはじまった音楽番組「ジョーヴェン・グアルダ」(司会はホベルト・カルロス、エラズモ・カルロス、ヴァンデルレイア)がブームの発端でしたが、番組は69年に終っています。
セルジオがこのレコードを出した頃、ブラジルではジョーヴェン・グアルダのブームは去り、新しいロックが芽生えていました。
その頃、ジョーヴェン・グアルダの音楽家たちの何人かはアーティスト志向を打ち出したり、表現の幅を広げて行ったりしました。
セルジオがよく曲を書いていたエドゥアルド・アラウージョもアイドル的な男性歌手でしたが、72年に発表した「キズンバウ」というアルバムはプログレ作品として評価されているのだそうです(このアルバムのアレンジもセルジオです)。
この辺りの流れは、なんだか日本のGSブームからニュー・ロックやフォークへの流れに似ている部分がありそうですね。
そう考えると、ポール・ブライアンことセルジオのこのアルバムは、ブラジル版<GSブーム時代に職業作曲家として一世を風靡していた人がニュー・ロック黎明期に小さなレーベルから密かに発表していたニューミュージック〜シティ・ポップス作品>と言えそうです。
ちなみにこのレコードはジャザノヴァのJURGEN VON KNOBLAUCH周辺でかなり話題になったそうですが、SONAR KOLLEKTIVから今月中頃にCD化(SK181CD)されるそうです。
Soul Brasileiro ソウル・ブラジレイロ #3/麻生雅人