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先週の土曜日、京都「拾得」でライヴをやったとき、共演者のCHAINS、というバンドのステージを観た。とても巧いバンド。過去に聴いた幾つかの音楽を思い出したりした。歌詞はほとんど聴き取ることが出来なくて、それはたぶんわざとそうしているのだろう。その中で唯一、ヴォーカリストが歌った「あのこ」という言葉が、何故か自分の心に引っ掛かったまま、いまも残っている。釣り上げた魚の口先の釣り針。音楽で言うフック。
あのこ、とは、たぶん歌詞カードで確認するなら、「あの娘」なのだろうか。あの子、であっても良いはずなのだが、CHAINSの演奏と共に歌われるとき、それは間違いなく「あの娘」なのだろう、と確信する。
あの娘。70年代以降の日本のロックやフォークを聴いていると、ひじょうに沢山の「あの娘」が登場してきた。
作曲者である歌い手が「あの娘」と歌うとき、それは過去に恋愛関係にあった、だが現在はその関係を解消している、あるいは遠く離れているために関係を断ち切られている年下の女性なのだろう。
あの娘たちはみな、自由奔放で、ときにはお転婆で、恋多き女性であり、なかなか思い通りにはならない。いっぽう一途なところもあって、こうと決めたら意志はかたい。ときにはハラハラさせられる存在である彼女を、男は後見人のように見つめている。つまり、あの娘、と歌われる女性に対して、歌い手である男はいつもロマンティックな感情を抱いているのだ。
いまレコード棚からアルバムを引っ張り出して探すことはしないが、ムーンライダースやはちみつぱい、センチメンタル・シティ・ロマンスやごまのはえ、南佳孝や斉藤哲夫、友部正人や加川良、岡林信康や高石友也のレコードには、たぶん必ずひとりふたり、あの娘を見つけることが出来るのではないか。
自分の抱く、そんな「あの娘」に対するひどくステレオタイプなイメージのルーツを遡れば、ボブ・ディランの「北国の少女」という歌に行き着く。原詞ではもちろん「she」であり「her」と歌われる。さらに自分はこの歌を下敷きとして書かれたと言われている「ソバカスのある少女」という歌を知っている。そこには思っていたとおりの「あの娘」が住んでいる。
「ソバカスのある少女」という素晴らしい歌は鈴木茂作曲、松本隆作詞。最初に「キャラメル・ママ」というアルバムの中で歌われたときは作曲者と南佳孝氏のデュエットだった。
かつて自分は南佳孝さんのために何曲か歌詞を書いたことがあるのだが、いま、それらを思い出すことが出来ない。やはり「あの娘」を登場させていたのだろうか。確実に憶えているのは花田裕之さんのために書いた歌で、それは「あの娘にはわからない」というタイトル。あの娘がどんな女性であったかは、やはり思い出せないのだが、たぶんそれはボブ・ディランが愛した女性とよく似ているのではないか。
歌の中の、あるいは文章の中の一人称、そして二人称、三人称のことは、ときどき考えてしまう。
いままで書いた歌では「わたし」と「あなた」、「きみ」と「ぼく」がやはりいちばん多いはずだが、「お前」と「おれ」は使ったことがあっただろうか。
松本隆氏の書いた歌で「ぼく」と「お前」という関係が出てきたときには、少なからず驚いた。ぼく、とは大学生で裕福な家庭に生まれ育った男だろうか。その男に「お前」と呼ばれる女性は案外、年上なのではないか。なぜ自分はそんなことを考えるのだろう。
PICO、こと樋口康雄さんの「I LOVE YOU」という名曲は皆さんもご存知だろう。あの歌では「きみはもうぼくのものじゃない」と歌い出すにも拘わらず、サビでは「どうしてさ、お前は」と変わる。だが恋愛をしていれば、その感情のもつれ、昂りの中で呼称が変わるのはごく当たり前のことだ。
自分は身内や親しい友人との会話の中では「オレ」というのが自然なのだが、ときどきクラブやパーティーなどでそう口にすると面喰った顔をする人がいる。過日、週末のパーティーが立て続けにあったときは、何人かの女性に「コニシさんて、オレっていうんだ」と言われ、「似合わない」とさえ言われた。でも女の子たち、オレはあなたのことを「オマエ」とは言わないと思う。あの娘、と、遠い目で思い出したりすることは、いつかあるのかもしれないが。
いま書き終えて、この話はつぎの「うたとことば。」という雑誌のために取っておけば良かった、と考えた。
あの娘、のこと。/小西康陽(2009年3月25日)
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